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タイパ時代、あえて「遠回り」をする贅沢
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タイパ時代、あえて「遠回り」をする贅沢

朝、湯を沸かす。豆を挽く。フィルターに粉を落とし、細く湯を注いで、蒸らしを待つ。時計を見れば、コーヒーが一杯できあがるまでにおよそ十分。ボタンひとつのマシンなら、その間に三杯は淹れられる。 それでも、この十分間を手放したくないと感じる朝がある。湯気の立ちのぼり方、粉がふくらむ様子、部屋に広がる香り。効率だけを尺度にすれば「無駄」としか言いようのない時間の中に、なぜか、一日のどの瞬間よりも静かな充足がある。 この感覚は、いったい何なのだろうか。 「タイパ」という言葉が生まれた背景 タイパ——タイムパフォーマンスの略語が広く使われるようになって、数年が経つ。映画やドラマの倍速視聴、数十秒で完結するショート動画、本の要約サービス。かけた時間に対してどれだけの成果や満足を得られたか、という物差しが、消費のあらゆる場面に浸透した。 この傾向を「現代人の余裕のなさ」と切って捨てるのは簡単だが、それはおそらく正確ではない。観たい作品、読みたい本、追いかけたい情報は、一人の人間が一生かけても消化しきれない量で日々生まれ続けている。限られた時間の中で何かを選ぶことは、何かを諦めることと同義に

KOUKI TOMIOKA KOUKI TOMIOKA
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なぜ私たちはショート動画をやめられないのか
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なぜ私たちはショート動画をやめられないのか

電車の中で、ふと画面を見た。ショート動画を開いてから、もう40分が経っていた。 面白かったかと聞かれても、うまく答えられない。次々に流れてきた動画の内容は、ほとんど覚えていない。それなのに、指はまだ画面の上でスワイプを続けようとしている。疲れているはずなのに、なぜまた開いてしまうのだろう。 SNS疲れ、と一括りにする前に 「SNS疲れ」という言葉は、いろいろな原因を一つの箱にまとめてしまいがちだ。人間関係の比較、通知の多さ、返信のプレッシャー——原因は一つではない。 今回はその中でも、いま最も注目されている要因、ショート動画への依存に絞って考えてみたい。 情報は、もともと命に関わるものだった なぜ、大した内容でもない動画を見続けて、私たちは快感を覚えてしまうのか。 一つの見方として、こう考えられている。通信も文字もなかった時代、人は情報を得ることで命を守っていた。あの川は増水していて危険だ。あの方角には猛獣がいる。そうした情報を早く手に入れられるかどうかが、生死を分けた。だから人間の脳は、新しい情報を得ること自体に報酬を感じるよう、長い時間をかけてつくられてきた——と

KOUKI TOMIOKA KOUKI TOMIOKA
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「辞めます」を、自分の口で言えないとき
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「辞めます」を、自分の口で言えないとき

2025年の秋、ある大手の退職代行サービスの運営会社が、弁護士法違反の疑いで捜索を受けたと報じられた。サービスそのものの是非を超えて、「退職を、他人に代わってもらう」という行為がここまで生活に入り込んでいたのか、と多くの人が改めて気づいた出来事だったように思う。 退職代行とは、辞めたい本人に代わって、第三者が会社へ退職の意思を伝えるサービスのことだ。料金は数万円程度。新入社員を含む若い世代を中心に、利用は年々広がっている。 そして、この話題には決まってひとつの言葉がついてくる。「根性がない」「キャリアに傷がつく」。自分で言えないなんて――という見立てだ。間違いとは言いきれない。けれど、「代行を使う=根性なし」と一括りにできるのかどうかは、もう少し丁寧に見たほうがいい気がする。 そもそも、会社の許可は要らない まず、見落とされがちな前提から確かめておきたい。 期間の定めのない雇用(いわゆる正社員)であれば、退職の意思を伝えてから2週間が経てば、理由を問わず辞めることができる。会社の承認は必要ない。就業規則に「1ヶ月前までに申し出ること」「会社が承認したとき」と書かれていても、

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